日本でも、退職時までに蓄積した資産を生涯にわたっての定例所得に転換しつつ、資産を枯渇させない手法はないかと気をもむ関係者は多い。
年金保険は好都合な商品だが、長年かけて積み重ねた資産を年金保険という商品につぎ込んでしまい、資産の増殖活動をストップさせてしまうことで、インフレなどに対処できなくなる事態は避けたいとする人は多い。
しかしアメリカでは、高騰する利子率の中で、将来の受給年金額の増額を見越す人も多く、年金保険販売高が2022年には新記録となった。生命保険業界の団体であるLIMRAの報告書(注1)によると、2023年の第1四半期も昨年同期より47%増加し、930億ドル(1ドル=135円の換算で、12兆5,550億円:以下同じ換算率)の販売高となった。これは、2008年に同団体が統計を取り始めてからの四半期ベースでの新記録である。LIMRAでは、この増加ペースアは継続し、2023年は年間でも2年連続の新記録となり、売上高は3,000億ドル(40兆5,000億円)を突破すると予想する。
しかし、店頭等での年金保険の活況にもかかわらず、401(k)等の確定拠出年金(DC)上で終身保証の所得商品を提供する動きは遅れがちだ。マネジドアカウント(注2)を通しての年金保険の提供や投資信託商品である“ターゲットデートファンド”(TDF:注3)に年金保険を組み込む商品イノベーションを推進するなど、業界努力が欠かせない現状だ。
ただ、1日に発表された、アセットマネジメント会社であるPGIMのレポート(注4)によると、401(k)等の年金制度内での所得商品活用の気運は醸成されつつあり、年金保険等のオプションを検討するプランスポンサーは増加傾向だ。
プランスポンサーの34%は、年金制度内で年金保険提供を検討することを検討しており、5%は既に提供している。一方、24%は制度外で年金保険のオプション提供を検討しており、6%はすでに提供している。
一方、LIMRAのレポート(注5)では、この先2年間で年金制度内に年金保険を組み入れる動きは高まり、とりわけ大型年金制度で増加するとみている。背景には、年金制度に年金保険を組み込むさいの障害を取り除いた、2019年の「全地域社会における退職保障強化法」(SECURE法)による促進効果が大きいが、本格的な定着のためには、アドバイザー・プランスポンサー・従業員に対する継続的な教育が肝要だとする。
しかし、冒頭でも述べたとおり、資産を増殖させながら生活費を取り崩していく選択肢を重視する加入者やプランスポンサーは多い。年金保険にすべて転嫁してしまうのではなく、資産の増殖にも関与し続けるなかで必要額を取り崩し、かつ死ぬまで資産が枯渇することのない戦略を優先したいとする要望は強い。
T.ロウ・プライスのレポート(注6)でも、プランスポサーの半数以上(59%)は、退職後の所得確保という課題解決策として最も重要な要素は、加入者が自らのDCの口座資産にアクセスしつつ、退職所得に変えていく活動をサポートしていくことだとする。
こうした関係者の要望を受けて、同社では毎年5%ずつの引き出しを目標(長期的な投資成果によって調整されるものの)とした“マネジド・ペイアウト”の仕組みを提供している。
この“マネジド・ペイアウト”は2019年に創設されたが、受給権が完全に確立された資金を対象とし、かつ退職前の早期引き出しのさいの違約金支払いという規定上のリスクを避けるため、59.5歳以上となった転職者ならびに退職者のみを対象とする。
同社では、退職後に手にする毎月の受取額が、対前年で毎年増加する可能性を予測できるようにしたものであり、かつ市場の激動による影響を減少させる制度設計をしたとする。
“マネジド・ペイアウト”は、いつでもファンドから資金を引き出せるようにと柔軟性を持っており、毎月の支払額は加入者が保持するユニット数の変化に応じて自動的に調整される。
なお、アメリカでは4%の引き出しというのが長年の慣例となっているが、同社では、退職間もない人が、将来に資金が枯渇してしまうことを恐れて消費額を減らす傾向にあることから、敢えて5%の引き出し策を選択した。より高い比率としたのは、やりたいことをしようにも体力的に出来なくなる可能性のある後半人生に視点を向けるのではなく、まさにゴールデンタイムともいえる退職早期の時代をフルに楽しむよう促すことにある。
現在、この同社の“マネジド・ペイアウト”のオプションを採用・提供するプランスポンサーは、30以上と増大しつつある。
こうした定例的な収入を確保しつつ、資産の増殖も図る商品開発は拡大傾向にあり、次回のレポートでも最近の事例を継続フォローする。
(注)
1. “Total first quarter annuity sales were $92.9 billion, a 47% increase from the prior year” 2.アドバイザーが、プランスポンサーが提示する投資オプションの中から、各個人に適した商品を選択し、各商品の配分比率なども設定・変更するなど、加入者を支援する制度 3.若い頃は株式などのハイリスクハイリターンの商品比率を高くし、退職時期が近付くにつれ、債券などのローリスクローリターンの商品の比率を高めていく投資信託4.“The Evolving DC Landscape” 5 .”Prediction: The In-Plan Annuity Market Will Grow Exponentially Over the Next Two Years”6 .“Implementing an In-Plan Retirement Income Solution”
アメリカの生命保険業界の団体であるLIMRAが、退職前の人たちを調査した結果が、2023年2月に公表された(注1)。それによると、少なくとも90歳までは預金などの金融資産がなくならないと自信を持つ人は、6割に留まった。
自分が蓄積した退職資産から、退職後に基本的な生活費を賄うのに十分な所得を終身で受領することが出来るとする、退職前の人の自信度は、過去5年間のうち4年で下落した。
一方、すでに退職者となっている人は、その70%が公的年金や従来型の確定給付年金(DB)、あるいは個人年金保険で、基本的な生活費のすべてをカバーするに十分な終身保障の所得があるとする。
現在の退職前の人たちの両親は現在の退職者であり、その大部分は、終身で保証された十分な所得による安心感のもと快適な退職生活を楽しんでいる。一方、退職時代に入る次世代の人たちは、退職後の経費をカバーしてくれるDB制度はなく、終身の所得を自動的に保証することにはならない確定拠出年金(DC)や個人退職勘定(IRA)などに蓄積した資産を取り崩すしかないのだ。
ただ、退職者の中にも十分な備えをしなかった人はいて、自分を退職者と位置付けるものの、賃金を求めてなお働いている人は12%もいる。
また、Franklin Templeton Investmentsの調査レポート(注2)によると、インフレや不況到来への恐れから退職を遅らせる人が多いとする。
勤労者の73%は、インフレが退職計画を危うくしているとし、63%は現在の経済環境が早期退職の計画に悪影響を与えているとする。
このため、就業者の約半数(52%)は段階的に退職を進めていく計画をしているが、これは2021年の44%、2022年の47%より増加している。
こうしたことから、現役の人たちが最も優先してもらいたい福利厚生制度としては、給与の増加だとするのが約半数(52%)、401(k)上のマッチング(従業員の掛け金拠出に対する雇用主の上乗せ拠出)を増額してほしいとするのが41%、さらに25%は退職後の所得を保証する投資商品が401(k)の投資オプションとなることだとした。
さらに、スマート社がアメリカ、オーストラリア、南アフリカ、イギリスの18歳以上の約2,000人を調査した結果のレポート(注3)によると、アメリカ人の5人に1人(18%)は退職時期になっても働く計画であることが判明した。退職は、ますます1回限りのイベントというより単なる通過点になってきているとする。
現在は401(k)が一般的となっているが、DB制度が主体であった時代には、退職後に自らの所得がどんなものになるかにつき確信があった。この点、イギリスはDC制度の浸透度合いが低く、なおDB制度への依存度が高い社会であり(2021年末でのDB資産比率はアメリカの35%に対しイギリスは81%:注4)、イギリス人はアメリカ人より退職生活の資金繰りがどんなものになるかを理解しやすく、退職準備面での自信度は高い傾向にある。
アメリカ人はまた、国の医療システムに依存しうるイギリスやオーストラリアの人と違い、医療費についての懸念がはるかに大きい。アメリカ人の6割近く(58%)は退職後の医療費支払いが最大の不安事項だ。
この不安度合いは2021年の45%より増大しており、とくに45~54歳の退職予備軍は66%と多い。
南アフリカ人の大多数も、医療費の支払いが最大の不安事項となっている。一方、女性に関しては、世界的に男性より女性の方が医療費により大きな不安を感じている。男性より長寿となる傾向が高いうえに、退職時の貯蓄額が男性より少ないことなどが影響しているようだ。
労働統計局の統計データ(注5)によると、75歳以上の人につき、次の10年間に働く人は96.6%も増え、過去20年間に比べ50%以上増加するとする。
退職という概念がこの先10年で極めて変化したものとなり、人々は所得や福利厚生の恩恵を継続的に得たいため、パートで働き続けたり、働くことを一時中断、たとえば6か月間仕事から離れた後に、再度就職するといった働き方をすると、当レポートは予想する。
(注)
1. “It’s No Longer Your Parents’ Retirement” 2. “2023 Voice of the American Worker Survey” 3. “The Future of Global Retirement” 4.ウィリス・タワーズワトソン社が2022年2月に公表した”Global Pension Asset Study” 5. TED:The Economics Daily: “Number of people 75 and older in the labor force is expected to grow 96.5 percent by 2030”
退職者の収入の柱ともいうべき公的年金については、 少子高齢化の進展などで制度の持続性が揺らぎ、多くの国で改革論議が盛んだが、アメリカとて例外ではない。
アメリカでは、公的年金の基金が2035年に枯渇する可能性が指摘されている。もし改革が実行されなければ、年金支給額の大幅な削減や現役世代の社会保障税を大きく引き上げるなどの対策が不可欠だ。
こうしたなか、1月31日に民主党のグエン・モア下院議員から、公的年金の改革法案(“Social Security Enhancement and Protection Act of 2023”)が、提出された。
内容はまず、最低保証給付額を引き上げるというものだ。30年以上の加入期間を有する受給者については、福祉行政上で定められた貧困ラインの100%を保証する。
次に、社会保障税の対象所得の上限を、2024年から10年かけて撤廃する。現在、課税対象となる所得の上限は、160,200ドル(1ドル=135円の換算で約2,163万円、以下同換算)になっており、たとえ200,000ドル(約2,700万円)の所得がある高所得者でも、160,200ドル(約2,163万円)の所得の人と同じ課税だ。これを10年かけて撤廃し、全所得を課税対象とする。
3番目として、現在12.4%の社会保障税を、2024年から2033年にかけて6年間で13.0%に引き上げるというものだ。
社会保険庁が試算したところ、この法案が実行されると、現在2035年とされる年金基金の枯渇時期が2059年へと先延ばしされる。
さらに、2月中旬になると、無所属のサンダース上院議員と民主党のウォーレン上院議員も、公的年金改革法案(“Social Security Expansion Act of 2023”)を共同提案した。
この法案は、公的年金の持続可能期間を21世紀末までの75年間へと延長させ、とりわけ低所得層の受給額を増加させることを目指すものだ。
まず、投資収益が個人で200,000ドル(約2,700万円)以上、既婚のカップルで250,000ドル以上(約3,375万円)の人に対し、投資収益に対する12.4%の税金を創設する。
また現行、社会保障税の上限所得額が160,200ドル(約2,163万円)となっているが、これを250,000ドル以上(約3,375万円)の全所得層にも引き上げて課税することとする。ただ、160,200ドル~250,000ドル(約2,163万円~約3,375万円)の人については、2035年までに徐々に課税対象としていき、2025年以降は全所得層を課税対象とする。
また、毎年の年金額支給額決定に際して、物価上昇にリンクさせる生活費調整(COLA:2023年は前年対比で8.7%の増加)を算定する際の基準となる物価インデックスを、Consumer Price Index for Urban Wage Earners and Clerical Workers (CPI-W)からConsumer Price Index for the Elderly (CPI-E)に変更するとする。後者のインデックスは、医療費の比率が多くなる62歳以上の消費パターンを勘案した統計だ。
さらに、低所得者への支給最低額(Special Minimum Benefit)を貧困ラインの125%にまで増額する。
これらの法案に基づいて活発な議論が期待されるところだが、大統領選が近付く過程でどれほど真摯な議論が展開されるかが大きなポイントとなろう。
企業経営につき、環境(Environment),社会(Social)、企業ガバナンス(Governance)に視点を置く、いわゆるESG経営こそ、長期的かつ持続的な企業発展の根幹だとする考え方が広がっている。投資先の選択に当たっても、こうした観点を大切にしようとする動きが一時期盛り上がったが、最近になり賛否の論争がかまびすしい。
年金関連の投資も例外ではない。本来の目的は、年金の受給額を向上させるべきもので、ESGの観点より純粋に投資成果を上げうる点にだけ注目すべきだとする意見が、共和党陣営を中心に存在する。トランプ政権下では、この意向に沿った労働省の規則が発出された。
しかし、民主党のバイデン政権となり、労働省はこれを覆す規定を2022年11月22日に発出、退職制度上でもESG投資を考慮することを促すことになった。内容は、退職に向けての投資に際し、環境、社会、ガバナンス面での現状や将来動向を勘案しての投資を容認するものだ。ただ、強制とするものにはなっていない。
最終規定がESG投資を強制としないなど柔軟なものとなったため、たとえ共和党政権になっても、当規定が廃棄されたり大幅に変更される可能性は低くなったとする関係者は多い。
ボヤ・フィナンシャルの幹部、ネルソン氏は、多くの若年層がESG情報を明示する投資オプションを求めており、この規定に立脚した年金運営により優れた人材を採用することにも役立つとするコメントを出した。
また、世界最大の運用会社ブラックロック社のCEOであるフィンク氏は、ミレニアル世代の63%が企業の存在意義は利益追求ではなく社会をよくすることだとする調査結果を示し、ESG投資を推進する決意を吐露している。
世界の金融機関でも、投資銀行業務分野で環境対応の業務が拡充されている。環境問題に限っても環境債などの債券発行を支援するものが主体だったが、合併・買収(M&A)や株式調達にも広がってきた。野村ホールディングやアメリカのシティグループはM&Aの担当者を増やし、スイスのUBSはESGの助言組織を新設するなど、ESG重視の考え方は高まっている。
一方で、共和党の議員たちはこうした動きを押し戻そうとしている。1月には、共和党政権下の25の州の財務長官らが化石燃料会社とともに、ESG要素を考慮することが出来るとする労働省の新規定に異議を唱え告訴した。
しかし、ESGを重視する年金サービス関連の企業は増加中だ。パットナム社が401(k)などの確定拠出年金(DC)市場へESGに焦点を当てたターゲット・デート・ファン(TDF:注1)を提供することになった。販売される“Putnam Sustainable Retirement Fund”はアクティブ運用でESGに焦点を当てた上場株式投信(ETF:注2)であり、同社の他のTDFと同様のグライドパス(注3)を活用するファンドである。なお、パットナム社では、当ファンドをさらに進化させるべく、年齢に留まらず各個人の口座資産高や拠出水準などの要素を加味した、より個別対応のグライドパスに進化させる努力を重ねるとしている。
また、投資信託の格付けなどを業務とするモーニングスター社がPlan Administrator Inc.(Pai)とともに共同でESGに焦点を当てたプールド・エンプロイヤー・プラン(PEP:注4)制度を立ち上げた。環境、社会、ガバナンス部門でのリスクを制限するファンドを基盤とするPEPである。モーニングスター社は、ファンドの選択、管理、モニタリングに責任を持つ運用法人となり、Paiは、PEP制度のプロバイダーとなる。
企業経営から年金投資まで、ESGの動きに目が離せない日々が続く。
(注)
1.若い頃はハイリスク・ハイリターンの株式等の比重を厚くし、退職時期が近付くにつれローリスク・ローリターンの債券等の比率を高める投資信託 2.日経平均株価などの指数に連動することを目指す投資信託で東京証券取引所などの取引所に上場する 3.TDFで退職時期が近付くにつれ資産配分を変更していく度合い 4.複数の企業が合同で年金制度を立ち上げ、規模の利益を享受しつつ運営コストを引き下げる複数事業主制度のうち、従来の成立要件であった同一業種や本拠地が同一地域といった同一要件をなくした柔軟な制度
1974年の「従業員退職所得保障法」(Employee Retirement Income Security Act:通称エリサ法)以来の大々的な年金改革の法律となった2006年の「年金保護法」(Pension Protection Act)は、主として確定給付年金(DB)から確定拠出年金(DC)へのシフトが本格化したことを背景にしたものだ。DCの代表的な制度である401(k)で自動化制度を導入したり、分散投資の定着に向けた方策を定着させるなど、主としてDCや個人退職勘定(IRA)の拡充に取り組んだ。
さらに、久々の大改革となった、2019年12月成立の「全地域社会における退職保障強化法」(通称SECURE法)は、主として中小企業従業員の加入促進を目指す複数事業主制度(Multiple Employer Plan:MEP)の要件緩和や長期雇用のパートタイマーの401(k)への加入促進、さらには長寿化を受けてのRMD(法定最小引き出し規定:蓄積した退職貯蓄からの引き出しを始めるべき年齢と金額の規定)の引き出し開始年齢の引き上げなど、数々の新規定を盛り込んだ。
ただ、従来の法律が資産の蓄積(アキュミュレーション)に焦点を置いたものであったのに対して、退職資産をいかに取り崩していくか(デキュミュレーション)という観点も重視するものとなった。
公的年金(ソーシャル・セキュリティ)が2035年にも積立金が枯渇するのではと予想される中、ベビーブーマー世代が相次いで退職生活に移行する一方で、長寿化リスクの高まりや医療費の高騰など、生涯を通して終身の所得をどのように実現するかが大きな課題となり、デキュミュレーションはどうあるべきかのニーズに応えるようとするものだ。
終身所得対策として年金保険を活用しようとする動きが高まらない。その背景には、商品を提供する保険会社が倒産した場合の年金支給の中断にさいし、雇用主であるプランスポンサーが訴訟の憂き目にあうのではとする訴訟リスク回避の思惑がある。
このため、SECURE法では、保険会社の健全性を具体的に示すことで、年金保険活用を促すことにした。年金保険を販売する保険会社が、まず州当局の規制監督下にあること、次に過去7年間にわたり州の当局が定める法令を遵守し、外部の監査に基づく財務諸表を提出していること、さらに少なくとも5年に1度は州の当局による財務状況に対する検査を受けていることを条件とした。
しかし、なおプランスポンサーによる年金保険活用は、前進したとは言い難い状況だ。インフレリスクや医療費の高騰に対処すべく、資産も増殖させながらの終身所得確保の手段を探ろうとするプランスポンサーや加入者が多いことも影響している。
一方、2022年12月に成立したSECURE2.0法は、2019年のSECURE法の補充版ともいえるものだが、際立った事項は、401(k)等の企業年金活用による年金カバー率の向上とともに退職資産の更なる拡充を目指し、自動加入などの自動化策を強化したことだ。
401(k)ならびに403(b)(病院などの非課税団体や公立学校の職員のための確定拠出年金)の制度については、2025年以降新しく創設されるものは、加入資格のある従業員を自動的に退職制度に加入させ、かつ対給与の3%~10%の範囲で拠出させることを要請する。
そのさい、プランスポンサーは、対給与で最低10%、最大15%に達するまで拠出率を毎年1%ずつ増加させなければならない。加入者はオプトアウト(脱退すること)を選択でき、拠出率も異なる率を選択できるが、そうした希望を述べなければ、スポンサーは初期設定としての自動化制度に加入させる責務がある。当然ながら、10%の拠出率で制度を開始した場合は、10%の拠出率を継続し、拠出率を引き上げる必要はない。
なお、2025年以前にスタートしている制度は当該規定から除外され、自動加入も拠出率自動引き上げもする必要はない。
自動加入制度による加入者拡大の成功例は、イギリスの「国家雇用貯蓄信託」(NEST:National Employment Savings Trust)をはじめ、カナダ、オランダ、ニュージーランド、リトアニアなど多くの国にみられ、わが国でも参考にすべき事項だと思われる。
厚生労働省の統計によると、日本での従業員99名以下の中小企業での年金実施率は、適格退職年金が廃止されたこともあり、2018年現在で14%にすぎなく、10年前の半分以下だ。企業年金の底辺拡大は焦眉の急と言わざるをえない。
なお、SECURE2.0法のその他の新規定としては、2019年のSECURE法で定められた、パートタイマーが401(k)に加入するためには連続で3年間勤務する必要があるとした要件が廃止され、2年連続の勤務でも500~999時間勤務すれば加入できるとした。
あわせ、多額の学生ローンのために、年金制度への拠出が出来なかったり遅延する人が多いことを背景に、2024年からは学生ローンの支払いは退職制度への拠出とみなし、雇用主による退職制度へのマッチング拠出(追加拠出)を受領する資格を有することにする。ローンの早期返済を促す。
現行、少なくとも1,000ドル(1ドル=130円の換算で13万円:以下同様)の税金を支払う低・中間所得者は、1,000ドル(13万円)の上限はあるものの退職貯蓄拠出額の半分が返金されるという恩恵がある。今回の法律では、年収71,000ドル(923万円)までの勤労者は、職域の企業年金制度を通して貯蓄をする人につき、政府からのマッチング拠出を受領でき、その拠出額は退職勘定に累積されることになった。ただし、当該金額はペナルティなしには引き出しができない。
さらに現行、退職貯蓄が十分に積みあがっていない高齢者に配慮し、50歳以上の人は、p401(k)に7,500ドル(975,000円)まで追加の拠出ができることになっているが、2025年以降は、これを10,000ドル(130万円)に引き上げる。
その他、数々の改正事項を盛り込むが、国民が長い後半の人生を安心して暮らせるよう金銭面からのバックアップ強化に取り組む、政府の切羽詰まった危機感が伝わってくる。
ナティクシス・インベストメント・マネージャーズ社が、10年目となる「2022年グローバル・リタイアメント・インデックス」を発表した。
当指数は、退職後の経済面を支える要因を検証し、健康で安心して退職生活を送るために必要な18の指標を組み合わせて評価する。さらに幸福な退職生活を送るための主要項目として “快適な生活を送るための物質手段(物質的な豊かさ)”、 “貯蓄維持と収入確保を実現するための適切な金融サービスへのアクセス(退職後の資金活用)”、 “質の高い医療サービスへのアクセス(健康の維持)”、 “安全で清潔な生活環境(生活の質)”をカバーする4つの副指標からなる。
アメリカは、44カ国中18位と昨年より1段階下落した。雇用問題や所得格差ならびに政府の負債、さらに税の負担や高齢者比率の急増などの項目が影響した。
一方、日本は、2年連続で22位となったが、最初の年次であった2012年の25位から少し順位を上げたことになる。4つの副指標でみると、健康の維持が3位、生活の質で25位、物質的な豊かさで10位、退職後の資金活用で40位であった。医療面のプラス要因などがあるものの、国債の増大など膨大な政府債務や高齢化の進展が足を引っ張る。
ナティクシス社では、世界的な動向として、年金貯蓄が少ないうえに不安定な投資環境もあり退職すらできない層が増大しかねないことを指摘する。さらに、インフレの進展で退職者の購買力が低下する懸念とともに、退職貯蓄からの引きだしを行う退職者が、資産のさらなる増大も目指し、リスクの高い資産運用を手がける傾向が増大する可能性に警鐘を鳴らす。
なお、国別順位は、ノルウェーが4年間3位であったが、今回は首位に輝いた。以下、スイス、アイスランド(前年は首位)、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランド、ルクセンブルグ、オランダ、デンマーク、チェコと続く。
一方、年金制度の実態評価として、「マーサー・グローバル・インデックス」がある。14回目となる2022年度の指数は、対象国も拡大し44カ国の退職制度を比較している。評価は、40以上のサブ指数に基づく3大指標である、“給付の十分さ”と“制度の持続性”、“制度の健全性”の観点から実施する。
総合指数でみると、日本は44カ国中35位と相変わらず低位にあるが、2018年度の第10回と比較すると、指数は48.2から54.5へと改善された。とりわけ、持続性指数で、32.4から44.5へと改善されたことが大きい。短期就労者を対象とした公的年金への加入拡大策なども貢献したようだ。
一方、アメリカも、総合指数が2018年度の58.8から63.9へと改善された。公的年金に近い将来の資金枯渇リスクがあるものの、確定拠出年金の底辺拡大に向けた各種取り組みなどが評価の改善に貢献しているようだ。しかしなお、44カ国中、20位に甘んじている。
総合指数での首位は、アイスランドで85.6、続いてオランダの84.6、第3位がデンマークの82.0となっている。アジアでは、シンガポールが74.1と首位だ。続いて、香港特別行政区が64.7と日本の上位にいる。
内閣府によると、国民1人当たりの名目国内総生産(GDP)は、2021年に39,803ドルとなり、経済協力開発機構(OECD)加盟国38カ国の中で、2020年の19位から後退し、20位となった。日本経済の停滞が指摘されて久しいが、年金分野の世界的な評価でも、膨大な政府負債などが影響し芳しくない状態が続く。
ちなみに、企業年金の普及率を見ても、厚生労働省の統計によると、従業員99名以下の中小企業での年金実施率は、適格退職年金が廃止されたこともあり、2018年現在で14%にすぎなく、10年前の半分以下の状態だ。
企業の財務負担軽減の観点から、退職後の年金給付につき企業が財政責務を担う従来型の確定給付年金(DB)から、従業員に対して一定額の給付はするものの将来の年金額を左右する運用責任は従業員が負う確定拠出年金(DC)への動きが、日本でも大きな趨勢となった。
しかし、資産高でみると、2020年12月末現在で、DBの109.7兆円に対し、DCは14.9兆円と13.6%に過ぎない。2001年10月に発足して20年余りということを勘案すれば当然ともいえるが、拠出金額面での不十分な税制優遇措置なども影響し、資産面での拡大スピードは今一つだ。
一方、日本の年金資産の総額は、公的年金の254.9兆円などを含めて約414兆円と過去最高を更新しているが、先細り懸念のある公的年金の補完役を期待したいDCは、まだ全年金資産の3.6%に過ぎず、過少と言わざるを得ない。
日本では、個人型確定拠出年金(イデコ)の加入者が、対象者の拡大などで増加しつつある。2022年3月時点のイデコ加入者は238万人強と、10年前から17倍にも増加した。しかしなお、加入者対象者全体でみると、未だ数パ-セントに過ぎない。
このままでは、高齢者比率がさらに高まる将来に待っているのは、生活保護に依存する高齢者の増大など、経済活力の低下であろう。社会持続性への不安も広がる可能性があり、DCの拡充はもとより、各種年金制度の充実と拡大は焦眉の急といわざるを得ない。
中小零細企業の従業員など、企業年金制度に加入する機会のない人たちに加入の機会を与えるべく、さまざまな試みが実施されている。前回のレポートで紹介した“州が独自に運営する年金制度”がその一例だ。
それ以外にも、複数の企業が合同で年金制度を立ち上げることで、規模の利益を享受しつつコストを引き下げるなどして、年金制度を提供・運営する事業主などのプランスポンサーの負担を軽減することで、企業年金の輪を拡大する、“複数事業主制度“(MEP)がある。
このMEPは、従来は同一業種や本拠地が同一地域にあることなどを要件としていたが、2019年12月に成立した、「全地域社会における退職所得強化法」(通称:SECURE法)は、こうした各種の同一要件をなくした、“オープン型のMEP”ともいえる、”プールド・エンプロイヤー・プラン“(Pooled Employer Plan:PEP)と称される年金制度を創設した。
企業年金を提供・運営するプランスポンサーについては、単一企業で企業年金を立ち上げるときには、雇用主がスポンサーになるのが一般的だが、今回の“オープン型MEP”については、業界団体、商工会議所、人材派遣等の人材ソリューション企業、さらには年金サービスのプロバイダーである金融機関も、プランスポンサーとなりうる。
このPEPが拡大している。エーオン社がプランスポンサーなるPEPが、10億ドル(1ドル=140円の換算で1,400億円:以下同じ換算率)という資産高での節目を突破したと公表された。40の構成企業からなり、30,000人以上の従業員をカバーしている。
エーオン社のPEPは最大の規模で最も優れたPEPの1つとなっている。加入する企業は多種にわたり、バイオテック・生命科学・製造・サービス・消費者商品・エネルギー・テクノロジー・運輸業などが参加する。このPEPでは、プロバイダーであるエーオン社が制度の受託者となり、制度の管理や投資についての裁量権を持つ。
エーオン社の分析では、PEPへの加入者は、投資業績面でより恵まれ、より効率的に運営されることで恩恵を得ている。さらに、一般的な401(k)加入者より手数料が少なくなることで、11%強も上回る退職貯蓄が実現できるとする。エーオン社のPEPに401(k)を移行させた海運業のWest Marine社は、2021年に当PEPに加入後、コストが約65%ダウンしたとする。
PEPへ移行することで、コストが半分になり、各企業のスタッフが関わる時間が削減されるとともに、ガバナンスも改善され、投資オプションも高品質化するとされる。こうしたことは雇用主にとっても従業員にとっても恩恵が大きく、エーオン・ウェルネス・ソリューションズのシニアパートナーのジョウンズ氏は、2030年までにアメリカの雇用主の半数は、従来の401(k)をPEPに統合するだろうと予想する。
一方、州が運営する年金制度も広がりをみせており、加入者数レベルでは、PEP全体より多くなっている。しかし、資産高では、エーオン社PEPの資産だけで、州が運営する制度の合計資産高の約5億3300万ドル(約746億ドル)を上回る。ちなみに、州運営の制度で最大級のCalSaversは、331,000の口座数で資産高は2億7,300万ドル(約382億ドル)にとどまる。
州が運営する制度の資産高が思うように伸びないのは、途中引出が頻繁に行われ、個々の口座資産の積み上げスピードが鈍いことが背景にある。途中引出の制限など課題解決に向けた議論が望まれるところだ。
PEPの優れた点は、効率化や規模の利益はもちろんだが、個々の雇用主がマッチング(従業員の拠出に応え雇用主が上乗せ拠出すること)やその他の拠出をするかどうか、あるいは受給権をいつ付与するかなどの主要事項につき、独自の制度運営ができることにある。
州が運営する制度とPEPには、それぞれに特徴があり、両者相まって加入者拡大に貢献することが期待される。
確かに、以前に紹介したイギリスのNESTのように、簡易な単一の制度で国民全体に網をかける方が効率的だろうが、複数の制度がお互いに競って改良を重ねていくのも一法だろう。人種のるつぼ状態が大きなエネルギーともなっているアメリカの特質に沿うものかもしれない。今後の動向に注目したい。
退職準備の貯蓄をしようにも、401(k)のような職域年金制度にアクセスすることのできない就労者は、中小零細企業を中心に約5,700万人も存在するとされる。こうした人たちをサポートするために、一部の州では州独自の年金制度を創設し、企業年金への加入を促している。
制度の内容は、転職の際にも次の職場に年金制度をそのまま持参できる(ポータブル型)Roth型の個人年金勘定(IRA:注)だ。投資オプション数は限定され、事業主による拠出は認められないなど、シンプルでコストも低い制度となっている。
昨年、メイン州が15番目の州独自の制度を発足させたが、ほぼ同じ時期に、コロラド州とニューメキシコ州が同制度の管理につき協力する予定だと表明し、初の複数の州にまたがる制度が実現する可能性が出てきた。管理手数料を減少させる効果があり、他の州と連携する制度が増加する可能性もある。
そもそも各州の制度は、オレゴン州が2017年に発足させた制度にほぼ準じるものだ。同州では、6企業のうち約1企業が、すでに当制度に加入している。2020年3月31日現在で、460,000以上の加入者となり、管理資産高は4億6,200万ドル(1ドル=140円の換算で、646億8,000万円:以下も同換算)、制度に登録する事業主は61,000社以上だ。
退職関連の業界では、過去40年にわたってある種の誤った通念があったといえる。それは低所得者やほどほどの所得しかない人は貯蓄できないし、したくもないという考えから、事業主も貯蓄の機会を提供したいと思わず、制度のプロバイダーにとっても関心のあるマーケットでなかった。
しかし、各州の取り組みは新市場開拓の創出を示唆しており、民間部門も変革の必要性を感じ取り、従来に増してこうした層のニーズに沿う商品の開発に取り組み始めている。民間部門のプロバイダーは、小企業にとって魅力のある、より簡潔で金銭的にも加入しやすい商品を開発することで市場活動を活発化させる。
このため、州の制度を選択しないで、拠出面で税制上の課税優遇額の大きい民間の制度を選択する事業主もいる。民間助成財団のPew Charitable Trustsが実施した、州の制度に対する事業主の反応についての2017年調査では、退職制度を提供していない事業主に対し、自社が主体となる制度を立ち上げるか州主催の制度に加入するかとの質問をしたところ、52%が自社が主体の制度を立ち上げるとした。州制度は事業主の年金制度に対する意識に影響を与えたといえる。一方、制度を既に提供している事業主のうち、州の制度に加入するため現在の制度を辞めるとするのは13%に過ぎない。
州運営の制度は、民間部門で成功を収めている各種の制度設計を取り入れている。拠出率を加入時に一定以上に設定したり、投資オプション数を多すぎないようにしたり、自動加入制度や拠出率の自動増加制度を活用して加入率や拠出率を引き上げている。一方で、州運営の制度では、事業主は受託者になる必要がないとともに、直接支払うコストもないという利点があり、州制度の魅力となっている。
たとえば、オレゴン州では、制度発足以来4度にわたり、5%から開始した拠出の水準を自動的に順次引き上げた結果、現在の平均拠出率は6.3%、中には9%の加入者もいる。
最近の事例として、2020年9月に、デラウェア州が州主催の年金制度を16番目の州として設立することを決定していたが、2025年に施行することを、2022年8月末に公表した。この機会をとらえ、ジョージタウン大学のCenter for Retirement Initiativesは、州主催の制度が50万以上の新しい貯蓄勘定に5億2,100万ドル(約729億円)以上の資産を保有するまでに成長したことを発表した。
また、メリーランド州が州主催による制度、MarylandSversを創設することを決定していたが、ついに2022年9月15日に始動した。なお、当制度は、最初の1,000ドル(約14万円)は緊急用貯蓄口座に拠出され、これを超えた場合に初めて、年齢に沿って投資されるターゲット・デート・ファンド(TDF)に投資される。
さらに、退職の段階になったら、この個人別の貯蓄勘定から自動的に月例給与の形へ転換されて支払われる(終身保障ではない)。なお、同支払いを延期させ、公的年金からの支給を増加させるオプションもある。州が主催する制度は、進化し続けている。
一方、イギリスでは、2012~2018年にかけて一定の条件を満たす全企業が確定拠出年金(DC)を導入し、所定の収入以上の従業員を当該DCに自動加入することを義務付ける、“NEST”(National Employment Savings Trust)制度を発足させた。これにより、それまで企業年金に未加入だった1,000万人弱がDCの加入者となり、年金カバー率が大きく改善した。
こうした自動加入制度による年金加入者拡大の動きは、カナダ、オランダ、ニュージーランド、リトアニアなど多くの国々に拡大しており、注目に値する。
一方、日本に目を転じると、厚生労働省の統計では、従業員99名以下の中小企業での年金実施率は、2012年に適格退職年金が廃止されたこともあり、2018年現在で14%にすぎなく、10年前の半分以下だ。
このままでは、高齢者比率がさらに高まる先に待っているのは、生活保護などに依存する高齢者の増大であり、社会持続性への不安の広がりであろう。州運営の制度などの自動加入制度には、日本が参考とすべきことも多く、この点の議論の高まりに期待したい。
(注)
個人が銀行等で口座を開設した上で掛け金を拠出・運用する制度であるが、従来型のIRAは拠出・運用段階で非課税の課税優遇がある一方、受取段階では課税対象となる。しかしRoth型IRAは、拠出・運用段階では課税対象となるが、受取段階では非課税となる。
National Association of State Retirement Administrators (NASRA)によると、州などの地方自治体の年金基金が、将来の積立状況を推測する際の予定投資収益率を、過去40年以上で最低レベルとなる平均7.0%未満に設定している。
なお、2020年を終期とする過去30年間に、代表的な地方年金基金である131の基金には、約8.5兆ドル(1ドル=140円の換算で1,190兆円:以下同様の換算)の収益があったが、そのうちの約60%は投資収益だ。雇用主による拠出や従業員の拠出があるものの、アメリカの年金基金は、高い投資収益によって支えられていることが分かる(注1)。
ただ、投資収益の想定に当たり、この先5年間の期待収益が、その先の20~30年間にわたる期待収益よりかなり低いため、従来使用していた高めの長期予想を使用すべきか、短期予想を尊重して低めの予想を使用すべきかの決断が必要になっている。もし高めの利率を使用すると、実態からかけ離れ、結果として必要拠出額が低めとなり未積立部分が増大する可能性がある。それに伴い追加拠出などのコスト上昇というリスクもある。
民間部門でも、Cogent Syndicatedによるレポート(注2)によると、401(k)のプランスポンサーの最大の懸念事項は、従業員に提示する投資オプションの投資収益が従来の平均より低下することであり、2022年には57%のプランスポンサーがこの点を不安視し、昨年の51%より増加している。
このため、フィデリティのレポート(注3)では、401(k)のプランスポンサーの93%は投資オプションのラインナップを変えようとしている。投資効率の向上を目指し、プランスポンサーの47%は、新規のアドバイザーを採用することを検討しており、2021年の34%より増加、さらに48%はレコードキーパーの変更を検討している。
ターゲット・デート・ファンド(TDF)に関連する訴訟も変化し、加入者に過剰な手数料を支払わせたとする従来型の告訴から、TDFの投資収益が振るわないことを糾弾する告訴が増加している。約8,000万人のベビーブーマーが、シークエンス・リスク(注4)という、退職後の資金運用に伴うリスクゾーンに直面している。こうした退職間近の人たちの資産は平均で、その85%がリスク資産にさらされている(株式に50%以上、かつリスキーな長期債券に35%)現状だ。こうしたリスキーな資産は、これまでの長期間でみると好業績であり幸運であった。しかし、投資環境が激動する中、好業績を期待できない可能性がある。同様の告訴が多発しそうだ(注5)。
このため、加入者の退職資産をインフレや投資環境の悪化等から守るべく、株式や債券などの従来型の投資と異なる投資収益の傾向がみられる、不動産や商品を組み込むTDFが増加している。プルデンシャル・ファイナンシャル傘下のアセットマネジメント会社であるPGIM(ピージム)社が発売した“PGIM Day One TDF”は、米国物価連動国債(TIPS)や商品、あるいは私募不動産ファンドを組み込む。
ピージム社が引用する、モーニングスターのデータによると、こうした非伝統的資産は高度のインフレ時などに、株式や債券の投資収益を上回る。不動産の平均収益率が12.45%、商品は11.19%、TIPSは9.24%である。一方、債券は6.34%、株式は3.64%にとどまる(注6)。
しかし、投資収益が悪い時でも拠出額を増加させることで、所期の貯蓄目標達成が可能になることは各種調査で明らかにされている。折しも、8月24日に、バイデン政権は、学生ローン救済策を公表した。内容は、連邦政府による低所得層対象の学生ローン“ぺル・グラント”に関する、最大20,000ドル(約280万円)の債務免除などとなっている。
アライト・ソリューションズ社は、早速プランスポンサーに対し、今こそ学生ローン免除を退職準備対策に結びつけるように促す文書を作成・公表した(注7)。学生ローン免除で得た余剰所得を退職勘定に振り向けるべきだと勧奨する。
若い時期から始めた貯蓄には複利効果があり、大きな成果を生む。アライト社では、一例として、25歳の人が毎月100ドル(約14,000円)追加拠出することで、65歳までに約300,000ドル(約4,200万円)が余計に積みあがると強調する。実際に拠出するのは48,000ドル(約672万円)であるが、累積する複利効果で約250,000ドル(約3,500万円)が累加されるとする。
一方、401(k)等の確定拠出年金(DC)勘定以外に、緊急予備資金用の貯蓄を持たない加入者は、緊急資金が必要な場合に年金制度の資金に手をつけたり、利子の高いローンを利用するなどして、長期貯蓄である退職資金準備で後れを取ることが指摘されて久しい。折しも、Commonwealth等による調査(注8)でも、緊急予備備金のある加入者は、DCへ拠出する確率が70%以上増加することが判明した。
投資環境の悪化継続が懸念される中、関係者による緊急予備資金用の口座創設の動きは活発だ。2022年8月にもアレラス・リタイアメント・アンド・ベネフィッツ社が、退職制度加入者のための緊急予備資金勘定を創設し、プランスポンサーに導入を働きかけている。同社の緊急予備資金勘定は、数回のクリックでこの勘定を開設でき、雇用主による給与からの引き落とし手続きで定期的に直接の蓄えができる。加入者に口座関係費用は全く発生しない。利息は毎月支払われ、定期的に貯蓄をすると追加利息の恩典がある。各社で競って新規性を打ち出すなど、緊急予備資金づくりは一段と拡大中だ。
(注)
1.”Public Pensios’ Assumed Rate of Return Falls Below 7%” (Plansponsor誌<2022.8.1>)2.“Retirement Planscape: Maximizing plan provider and investment manager success in the DC retirement market” 3.“2022 Plan Sponsor Attitudes Study”4.資金を取り崩しながらの運用に当たり、投資リターンがどのような順番で実現していくかによって、資産高が大きく影響を受けるリスク。当初、大きなマイナス業績に見舞われると、資産が大きく減少し、引き出し額が減少する 5. More TDF Underperformance Lawsuit Emerge Across US(Plansponsor誌<2022.8.15>) 6. Real Asset Allocations in Target-Date Funds(Plansponsor誌<2022.7.8>)7. “2021 Employee Wellbeing Mindset Study ”8. “Emergency Savings Features That Work for Employees Earning Low to Moderate Incomes”
ブラックロック社のレポート(注1)によると、退職後の生活への自信度が全世代で下降している。退職に向けた資金準備が順調に進んでいるかどうかにつき確信がないとする人が増加し続け、37%も存在する状態だ。とくに、女性の47%は退職後の生活に自信がないとする。
インフレが、こうした自信度の低下に影響しており、職域年金制度加入者の87%は退職後の生活に与えるインフレの影響を心配する。
チャールズ・シュワブ社の調査(注2)でも、インフレによる影響を不安視する人は多く、複数回答の結果、就業者の45%はインフレが貯蓄を妨げているとし、他の懸案事項である、毎月の経費予算づくり(35%)や株式市場の乱高下(33%)、あるいは予想外の費用(33%)などを上回っている。
また、医療費の継続的な高騰も退職後の生活に不安感をもたらす。フィデリティ・インベストメンツの分析では、2022年に退職する65歳のカップルが生涯で必要とする医療費は、315,000ドル(1ドル=135円で換算すると約4,250万円)としており、退職後の貯蓄資金をいかに活用するかにつき、雇用主等のプランスポンサーがより教育する必要があるとブラックロック社は指摘する。
退職後の不安の高まりも影響しているのか、いったん退職したものの再び仕事へ復帰する55歳以上の高齢者が増加している。New School’s Schwartz Center for Economic Policy Analysisからの調査レポート(注3)によると、正式に退職したものの一定期間の退職期間を過ごした後に、再び仕事に復帰する人が増えている。高齢者の仕事への復帰は、賃金の上昇やインフレ率の高さ、さらには資産価格の低下が要因とされる。
この仕事への復帰率は2022年5月に頂点に達し、過去10年間での最高値となった。ちなみに、仕事への復帰率は2017~2019年の平均1.0~1.5%に対し、2022年は約2%と高い状態が続く。しかしなお、就業者数はコロナ禍前の水準を回復しない。
なお、高齢労働者の賃金上昇率は、パンデミック以前の対前年比平均での2.4%を上回る、3.9%の賃金上昇率を享受する。ただ、35~54歳の賃金の上昇には後れを取っている。また、昨年の実績では、名目賃金が物価上昇に追いついていない状況であり、高齢労働者の生活水準は低下しているのが実状だ。
一方、コロナ禍で価値観が変わったことなどから発生した大量退職時代(great resignation)は、労働市場を逼迫させた。このため、NFP(企業年金などの給付制度についてのコンサルタント会社)の調査レポート(注4)によると、雇用主は年金制度をはじめとする給付制度を再検討することで、優秀な人材の獲得競争を乗り切ろうとしている。雇用主の45%は、景気の急速な回復と離職率の高止まりによる、人材獲得面での苦悩を吐露する。
従業員の満足感を増大させることが、雇用主の人事面での重大戦略となっているが、その中での最上位のオプションとして、37%が給付制度の選択肢を追加し個別対応を進めること、33%はコミュニケーションの改善だとする。
従業員はやりがいのある仕事を望む一方で、仕事より生活という観点に優先順位を置くようになった。目標は、ワークライフバランス(work-life balance)ではなく、生活と仕事の融合(life-work integration)である。過去12カ月から18か月にかけて、事業主の65%は仕事のスケジュール構築を従来の方式から、遠隔勤務などを含む新体系へ革新したとし、75%はこの変革を永久的なものにする計画だ。
優秀な人材の確保のため、雇用主の格闘が続く。
(注)
1.“The 2022 BlackRock Read on Retirement” 2.Charles Schwab 2022 401(k) Participant Study” 3.“Status of Older
Workers” 4.“NFP 2022 Benefits Trend Report